ジョナサン・マクミラン『ジ・エンド・オブ・バンキング:銀行の終わりと金融の未来』 - Fuwafuwa's memorandum

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ジョナサン・マクミラン『ジ・エンド・オブ・バンキング:銀行の終わりと金融の未来』

ジ・エンド・オブ・バンキング 銀行の終わりと金融の未来


大体5冊くらい並行して本を読んでいるのだけどしばらく読書メモをサボっていたらどこで何を読んだのかがわからなくなってきたので今更のようにメモ。とは言っても250ページ程度の薄い本の割に笑っちゃうくらい何書いてるのか全然分からなかったので読んだ人がいたら解説して欲しい。

本書ではバンキングの定義をマネーの信用創造におき、デジタル化時代の金融においてバンキングはもはや不要であると説く。ここではデジタル化時代という言葉が先行するが、肝要なのはデジタル化による超効率化であって、本書でのキーワードとなるシャドーバンキングは超効率化により貸し手と借り手の情報が皮肉にも非対称となってしまった事に問題がある(と言っているように読める)。

因みにここでシャドーバンキングと呼ばれているものは複雑すぎて説明が簡略化されているが、本書では大体次のように書いている(ように読める)。

銀行では融資する額が足りなくなった時に現在の融資額を資産の部に移行し、その大部分を資産担保証券(ABS)化する。ABSは格付け機関により価値を評定してもらい、足りない融資額は市場金利連動型ミューチュアルファンド(MMMF)にレポとして取引し、MMMFは投資をする代わりにリスクヘッジするため、これが結局は市場に出回るマネーの額を低く抑えている。

大体これを100倍くらい複雑にしたものがシャドーバンキングである(と書いているような気がする)。日本でこの辺の事情がどうなっているのかはよく知らないけども、1.融資の証券化によるバランスシートの改編 2.投資者にとって不透明性の高い証券 3.リスクヘッジによる最終的なマネーの流動の低下、等々は概ねに通っているのではないかと思われる。普遍的な議論にするためにこの辺を著者は敢えて抽象的に書いているのではないかと思う。

そもそもデジタル化の社会において最早不透明性の高い証券や企業の格付け機関を介した取引は合理性を著しく欠いたシステムあって、投資は投資家が直接借り手に貸せばよい。バンキングによるマネーの創造が複雑化したことこそが金融危機をもたらしたという主張が本書の骨子である(多分そう)。

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