『ダイエットランド』 - Fuwafuwa's memorandum

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『ダイエットランド』



「美しさは罪」だと言う。何故かといえばそこに驚きがあるからだ。善たる美しさが罰を受けることへの驚きが。でも「醜さは罪」だとは言わない。何故か。それがありふれたことだからだ。その証拠に常に罰を受け続けている。家庭で、教室で、テレビで、近所の交差点で、醜く生まれたということの罰を。

ドラマ『ダイエットランド』の主人公プラムはその通称の通りプラムのように丸い。有り体に言えばかなり太っている。そのことを気に病んでダイエットを繰り返すが一向に痩せられない。街を歩けばデブと笑われ恋愛とは縁がない。でも巨大企業オースティン社で美人編集長キティのゴーストライターとして若い女の子たちの恋愛と性の相談に答えている。

プラムは自分をデブで醜くて魅力がないから愛されないと言うが、実は本当はそうではない。確かに丸い体格ではあるけど、大変可愛らしいし歌も上手でおかし作りはプロ級だ。それに、若い女の子たちの相談に的確に答えられるほど頭も良く、人望もある。

母もいるし親友にも愛されている。こういう人が本当に恋愛対象と見なされないとは考えられない。実際に親友のカフェで働く可愛い年下の男の子にあからさまに好かれている。でもプラムはそれを受け入れられない。プラムは自分の体を愛せないので自分を愛する人間のことを憎んでしまう。

ここで面白いのは、プラムは「美しくなりさえすれば愛してもらえる」と本当に信じているところだ。プラムは自分と仲良くなろうとする男を「デブとセックスしたいだけの変態」と罵るが、仮にプラムが痩せたとして、それで寄ってくるのはそれと同じ男たちで、同じ目的であるということは想像もできない。

完璧な顔と完璧な身体をした女たちが、皆すべからく本当に愛されて、幸せになっているだろうか。ネット上の無料の動画サイトでは毎日何百万回も完璧な顔と身体の女が出てくるポルノが再生されている。そのほとんどが女性に対する暴力を伴うものだ。

オースティン社は女性を無条件に美に駆り立てる。毎日空腹に耐え、痩せるための得体の知れないサプリを飲み、食べたものを吐き、胃を切除して。胸と尻を膨らませろ、でも腹は凹ませろ、食べたことを反省し、空腹に罪悪感を覚えろ。今はそんなに”醜く”太ってしまっているけど大丈夫、”努力”すれば痩せられる、”希望を捨てないで”。これはどこまでも利益の追及でしかない。仮にそれで完璧な身体になれたとして、何になる?男のポルノにしかならない。

プラムがそれに気がついた時、理想は怒りに変わり、醜さへ罰を与え続け、理想の姿の自分に暴力を振るう社会(特に男性)と闘う決意をする。ここまで読んでこれをフェミニストのためのドラマだと思っただろうか?このドラマは手放しでフェミニストを肯定しない。その証拠にプラムはその後どうなったか?すべての男性はすべての女性を抑圧しており、男性が殺されても当然とするそのあり方は、自分こそが最大の被害者であると、怒りに我を忘れ他者(例えば南部出身の黒人のゲイ)への共感と思いやりを完全に失った、ラディカルな姿だ。

作中でジェニファーを名乗るテロ組織は、自らが女性の敵と見なした男たちに罪を告白させ殺害し、その姿を人々に晒す。それだけでも充分過激だが、殺害の対象は男性だけではなく女性にも及び、女性の敵と見なした女性(例えばレイプポルノに出演していた女優)も殺害してそれを展示する。支配の手はやがて市中の女性にも伸び、ジェニファーはすべての女性にセックス・ストライキを命じる。

ここで殺人は明らかな悪なので言及はしない。

人はセックス・ストライキを提案することをラディカルだと笑う。しかしプラムのように、男と女を階級に見立てたラディカルな思想と活動が、女性がまともに教育を受けられず、労働市場からも追い出され、暴力を受けても顧みられることのなかった時代を動かしたこと、現代を生きる我々がその恩恵に預かっていることを過小評価することにどんな正当性が与えられるだろうか。

傷ついた女性たちを癒すハウスを運営するベリーナは、知的で平等で、冷静で優しい。プラムがラディカル・フェミニストならベリーナは最近流行りのリベラル・フェミニストだ。常に自立を促し意思を尊重する。少なくともハウスの外へ出なければ優しいベリーナが守ってくれる。でも泥沼から自分で這い上がる気力を失った人にはどうしようもなく無力でもある。そうであれば真にパターナリスティックなのはどちらだと言えるだろうか。テロ組織の女性たちの多くは、暴力を受けても、法的にも社会的にも抵抗し告発する術を奪われた人々だ(そんな女性には現代日本にもいくらでもいる)(それに多分そうして虐げられている男性も山のようにいるのだ)。

このドラマは誰のことも肯定も否定もしない。それはいずれくる未来が決めてくれるだろう。

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