イアン・エアーズ『その数学が戦略を決める』 - Fuwafuwa's memorandum

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イアン・エアーズ『その数学が戦略を決める』

その数学が戦略を決める (文春文庫)その数学が戦略を決める (文春文庫)
イアン エアーズ Ian Ayres

文藝春秋 2010-06-10
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わりと今更といった感のある本書だが想定していた以上に楽しめた。情報科学の世界では最早一年前の論文は古いみたいな感覚らしいが、テクニカルな部分とはまた異なるこういうコンセプトはずっと長く残り続けるんだろうなと(名著というのはいつでもそうだった)。

出版年は2007年であるのでディープラーニングなんてまだまだ未来だった頃、でもこれからは数字が人間よりもずっと巧みに意思決定していく時代であり我々がそれを作っていくのだという大変な熱量で書かれており逆に新鮮な気持ちで読めた。

今でこそ人工知能などといって持て囃されているが、人間の直感に勝るものはないと信じられていた時代の方が遥かに長かった。その冷遇たるや、計算機が生まれたばかりの頃に、計算機など邪道であり手計算であるうべきと言われた時代のようだ(しかし今でもExcel関数ではなく電卓や手計算を信頼する企業もあるということなので現代も然程様相は変わっていないのかもしれない)。

とは言え著者は法律家兼経済学者なので本領は情報科学ではなく統計解析だろう。本書ではあるトピックに基づいて様々な場面で数字がいかに活躍したかが紹介されるが、これが実に多彩で読者がワクワクするような趣向が凝らされている。

トピックの選定もよく練られており、マイニングがどこでどのように活躍しているかから、無作為抽出や確率、偶然のようなマイニングの基本、更には”専門家と機械はどちらが上手に予測できるか”のようなセンシティブなテーマから、なぜ”絶対計算が今台頭してきているのか”のようなやや歴史的な背景、マイニングの倫理や未来といった極めて広範なテーマを多彩な事例とユーモアを交えて一冊で紹介している。マイニングについて知りたいのですと言われれば私はこの本を渡すと思う。

個人的に面白かった点をいくつかメモしておくと、判決が逆転となるか追認となるかを専門家と有識者からなるチームと、絶対計算者たる政治科学者たちが作ったアルゴリズムで競わせたところ、絶対計算が圧勝したといったエピソード。面白いのは、この圧勝したアルゴリズムというのが言っては悪いがお粗末でアルゴリズムというかまあif文である(「下級法定位の判決はリベラル寄りか?」はい→逆転! いいえ→次の選択肢へ といった具合である)。ところが法学教授、弁護士、評論家といった真の先鋭からなる有識者チームはこのお粗末なアルゴリズムにすら勝てない。その予測的中率は有識者チームが59.1%、絶対計算チームが75%であり偶然とは言い難い結果である。

IT業界では「人工知能と言いながらそんなに複雑なことなんてしていない」といった嘆きの声が各所から聞こえてくるが、諸君らに朗報である!これからも自信を持ってif文をたくさん書いて欲しい。−−それでもうまくやれば、人間が自分の頭で考えるよりはずっといいのだ。

しかしそれは対象への深い理解があってからこそではないか?実は必ずしもそうではないという点が更に重要なのである。しかし例えそうだとして、意思決定を機械に委ねてしまうことは許されるのだろうか?

この点について著者は、手術前の手洗いが患者の死亡率を低下させることに気がついたセンメルヴェイスの事例をひいている。手洗いをしない医師による執刀では明らかに死亡率が高かったのに、術前に手を洗うというだけの工程を普及させることができなかった。何故なら細菌という概念自体がなかったからであり、当時の医師は人間に理解し得ない要因を軽視していたからだ。

当時とは書いたもののこれは現代でも同じだろう。人間は因果関係が理論化されない内は目の前の現象すら軽視する。しかし特に医療といった重大性の高いシーンですらこれが見逃されてきたことを著者は怒りを持って告発するのである。

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