セオドア・メルフィ『ドリーム』 - Fuwafuwa's memorandum

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セオドア・メルフィ『ドリーム』

http://www.foxmovies-jp.com/dreammovie/
見た。

あまりに話題の映画だったため付記する必要すらないかも知れないが、60年代アメリカにおけるNASAのマーキュリー計画に基づく物語なのに、何故か邦では「彼女たちのアポロ計画」という副題がついていたためファンが激怒し取り下げられたという曰く付きの一作である。映画配給会社の苦労が伺い知れる心温まるエピソードなので是非共後世まで語り継ぎたい。

(ちなみに原題Hidden Figure に対して 邦題ドリームは、キング牧師のI have a dreamにかかってて洒落ているのではないかと個人的には思うのだが、こっちもなかなかの評判の悪さでかわいそう)

舞台が60年代アメリカということでいくつか面白い視点があったためメモしておく(単純に映画そのものも主役の3人がめちゃキュート&クールで映像も美しくおもしろいです)。

■第二次世界大戦後における帝国主義
まず二度の世界大戦によって帝国主義は大変けしからんぞということになったがさてそれが戦後に霧散したかと言えば恐らくそうではない。かつては地上にむけられていた帝国主義は宇宙へと飛翔し、地球外惑星の覇権を争って事実米ソは抜きつ抜かれつの軍事技術研究の激戦を繰り広げた。そこでは惑星の覇権を握るということは戦争を有利に進める駒と見なされる。

このようなソ連への敵意、焦り、恐怖は映画の中で度々現れる。例えばキャサリンの娘が夜ベッドの上で母にこう告げるシーンである。「今日は学校で避難訓練をしたの。ソ連のミサイルが飛んできた時に備えて。ミサイルが飛んでくるの?」あるいはソ連によって有人飛行が先に実現された時のキャサリンの上司のセリフである「ソ連に月が取られたら、そこからミサイルが飛んでくるんだぞ」

宇宙飛行というロマンチックな響きとは裏腹に、宇宙船とは一から十まで軍事目的であり、その背景には敵国に世界が支配されるのではないかという、強烈な恐怖と対抗心があった。重要なのは当時の人々がそれをとても現実的な未来と考えていた点である。

■60年代アメリカにおける差別と公民権運動
この映画において黒人女性への差別は中心的な問題である。主人公三人は極めて優秀でありながら、隔離政策によって公共のあらゆる場所ーートイレ・図書館・バス・水飲み場ーーで白人と同様の設備を利用することを禁止されている。一方で彼女たちは必ずしも積極的な公民権運動の担い手ではない。ドロシーなどは苛烈な運動から子供達を遠ざけるような描写すらある。

しかしながらこの映画は明らかに公民権運動を強く意識している。特に露骨なのはメアリーがエンジニアになるために嘆願しようとした時の旦那のセリフである。「虐げられた者が自由を求めるなら奪うしかない」…恐らくこれはキング牧師と同じく、公民権運動において多大な貢献を成したマルコムXの言葉であろう。

日本では教育的な理由からかアメリカの公民権運動といえばキング牧師だけをフィーチャーしがちであるが、公民権運動のもう一つの翼を担った強力な指導者といえばマルコムXだろう。マルコムXはキング牧師のように平和的とは言い難かった。真実は虐げられる者にあると説き、黒人の権利を得るためには暴力も辞さなかった。マルコムXはKKKにより父を殺害されたが警察により自殺とされ、母親からは引き離され白人の家庭に里子に出されている。高い知性を持ちながら知的労働者となることを許されなかった。兄弟も白人により殺害され、マルコムX自身も演説中に殺害されている。

すなわち公民権運動とはまさしく正義ための戦いだったが、その達成のためには白人も非白人も多大なる命の犠牲が必要とされたのである。差別も極めて苛烈だったが、その反動もまた苛烈だった。そしてそれほどの犠牲を払い一定の権利を獲得したものの、それでもなお根強い差別が今尚存在しているのが人種差別なのである。

件のシーンでは、メアリーの夫は一見頑固で無理解な夫に見える(字幕では尚更そうだろう)。しかし寧ろ、彼はメアリーがその知性を社会で発揮することで、メアリーと子供達が白人主義者により命を狙われないか心配していたというのが実際の所だろう。

■下級労働者としての女性計算手、技術の導入と解雇
ほぼ事前情報なしで映画を鑑賞したが、スクリーンに彼女たちが映し出された時私は感激した。統計学と親しい人間にはお馴染みの存在である。そう!研究所で計算手として働く婦人たちである!彼女たちは特に戦時中において男性が徴兵されてしまったがために、企業や研究所で大規模な計算を行うために広く雇用されていた。科学と技術に多大なる貢献をしたにも関わらず彼女たちの名前は驚くほど残っていない。科学と技術はいつも男性の歴史だった。

時は1960年代、ちょうどそれまでの手計算から、電子コンピュータを利用した機械的な計算に移りゆく時代だった。主人公三人が勤めるNASAにもIBMの巨大なコンピュータが設置されたが、操作があまりにも難しすぎて誰も使いこなすことができなかった。計算手の有色人種チームのリーダー、ドロシーは、その時代の趨勢をいち早く察知し、時には図書館から大規模な科学技術計算に特化したFORTRANの技術書を持ち出し(この描写がリアルで個人的にツボだった。高等な技術書は極めて高価なので、当時の黒人女性の給与では手が届かなかっただろう。因みに技術書が白人専用の棚にあったため借りられなかった点もからも当時の有色人種の社会的立場が窺い知れる。描写が細かい)、誰よりも早くコンピュータを使いこなし、そしてそれをチームの女性たちにも伝授することにより、チーム全体の雇用を守ったのである。

新しい技術を恐れず自分のものとすることで逆に時代を支配すること、これはあらゆる場面で人工知能が盛り上がっている現代と重なる。彼女には先のことが見えていたので、自ずと今自分が何をすべきかがわかっていたのである。

帝国主義、人種差別、新しいテクノロジー、すべて現代に通じるものであり非常に興味深かった。テーマがテーマであり実在の人物たちが主人公なだけに暗い内容かも知れないとも思っていたが、ハッピーエンドでよかった。

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