狐狩り - Fuwafuwa's memorandum

Fuwafuwa's memorandum

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狐狩り

農地を独占し修行もせず酒と女に溺れる僧院の腐敗には我慢がならなかった。私は僧院に対する提議を15個並べ、とある日の早朝それを僧院の門に突き付けた。騒ぎになるのに半日と必要にならなかった。私が書いた筆書きは瞬く間に写筆され、その日の夕方には国中に配られた。終末に救われるための高額な免贖符に薄々懐疑的だった民衆はこれを大変愉快と捉え、屋根の上から免贖符を破り捨てて、細切れになった僧たちの強欲の雨の中、酒を浴びて終末の歌を歌って踊り狂った。

当然ながら僧院は激怒し、繋がりの深い源氏によって私は日付を跨ぐ前に捕らえられ、投獄されその後7日の間に5度裁判に掛けられた。斬首も覚悟だったが民衆による強い抵抗運動と、慶丁天皇の恩赦を受けて国外追放の刑となった。僅かばかりの食料だけ与えられ国の外に放り出され、私はあてどなく東の方角へと歩き始めた。

正午になる頃、背後から馬に乗った男たちがやってきて、私の目の前で止まった。誰かと尋ねる前に真ん中の男が慶丁天皇の側近である平氏の使いを名乗り、私を後ろに乗せて森の中へと分け入った。国は今僧院と懇意にする源氏と、天皇の側近の平氏に二分されていた。

半刻もする頃に森の中の草庵へと辿り着いた。草庵には菜園があり、日の当たる場所で編笠を被った小汚い風体の、大柄の男が尺八を吹いていた。まるで虚無僧だった。男は私たちに気が付くとフラフラ歩いてきて「よく来たね」と言った。顔は見えねどヘラヘラしているのが分かった。「これから起こる乱で君は重要な人物になるので、その時が来るまでここに隠れているように」と平の使いは言い残し馬に乗ってさっさと消えていった。

二人きりになってから男は編笠をとり、私は驚かされた。その男は、私を馬に乗せた男とまったく同じ顔をしていた。その上目は真っ赤だった。私が尋ねる前に男は名乗った。

密という名のその男は第三三代慶丁天皇の双子の片割れであり、生まれた時から目が赤かったので不吉な狐の子供としてその名の通り密かに僧院へとやられ、朝から晩まで黒い布で目元をぐるぐる巻いて盲者として育ったという。それを聞いて私は今しがた私を馬に乗せて来た平の使いが慶丁天皇だったことを知った。

「乱が起こるのか」と聞くと、男は「どうだかね」とだけ言って草庵に入っていった。

毎日稚児が身の回りの世話をしにくる以外には静かな草庵だった。密は日がな詩をよんだり尺八を吹いたり昼寝をしてグウタラしていた。私は隣で教を翻訳して過ごした。時々慶丁天皇が訪ねてきて日が沈むまで二人で将棋を指していた。

囲碁はないのかと聞くと、それはできないと密は言った。なんでも隠者としてここに草庵を結ぶまで暗闇以外では布を取らなかったため、今となってはほとんど目が見えず、色に至ってはさっぱり違いが分からないのだという。俄かには信じがたかった。白と黒との見分けもつかないようでどうして将棋の駒を読むことができようか。

密は妙な男だった。どうしようもない怠け者だったが気象をよむ才に恵まれていた。密が明日は嵐と言えば必ず嵐であり、六四日後まで日照りと言えばその通りになった。密はしばしば夜中に一人でフラフラと出かけた。提灯もささずに真っ暗な森の中に分け入っていったが、狼や梟に追いかけられることもないようだった。

ある時密は「狐の子を拾ってきた」と十歳くらいの娘を連れて帰ってきた。娘は血と泥にまみれておりやせ細っていた。娘がやってきたのは霙が降る夜のことだったので、霙と名付けてたいそう可愛がった。霙は声を持たなかったが、根気よく文字を教えた甲斐あって狐狩りの生き残りであることがわかった。国の東南の一角には先祖古来より狐を祀る民が住んでいたが、この所僧院は狐狩りに躍起になっており、一匹当たりに賞金がかけられていた。

霙はふとした拍子に癇癪を起こして酷く暴れた。そうした時にはどこからともなく、真っ赤な目をした銀色の巨大な狐が現れて、草庵を滅茶苦茶に破壊していった。そうした時にも密はヘラヘラ笑って器用に草庵を修理した。オンボロだった草庵はどんどんボロボロになっていった。それを見た慶丁は霙を指して「そんな汚い狐は捨ててしまえ」と吐き捨てた。密は「狐に必要なのは弾圧ではなくて適切な環境だ」とだけ言った。

ある時平の使いが狐狩りの戦利品を見せてくれた。それは腰紐に吊り下げられた金色の狐の尻尾だった。霙はおおいに動転し、現れた狐をなだめようとした密は腹を食い破られた。平の使いが医者を呼びに行く間、私は霙に持てるだけの食料を持たせて「南へ行け」と言って逃した。慶丁は言った。「狐の一族は源氏が勢力をつけるまで僧院を脅かしてきた。見逃せばいずれ必ず仇をなすぞ」

密は腹を食い破られてもなお生きていた。自分の足で立って動き回るようになるまでにそれほど時間はかからなかった。以前より静かになった草庵で以前のように慶丁と将棋を指していた。「影武者になろうか」と密は言った。「お前は三日後に死ぬよ」慶丁の答えは「死んだら頼むよ」というものだった。かくして三日後、慶丁天皇は暗殺された。嫡男の曜明は生まれたばかりだったため密が影武者に立てられた。

目元を黒い布で覆い宮廷にはいった密は慶丁天皇を名乗り、着物を脱いで狐に食い破られた傷跡を見せびらかし「あわや源氏に打ち殺されんとした所、昔助けた狐に不思議な力を授けられ一命を取り留めたのだ」と演技を打ち、黒い布を剥ぎ取って「見よ、これが証拠だ」と狐のように赤い目を見せつけた。

「私はこの不思議な力を世のために使おうと思う。差し当たってお狐様の不思議な力により三ヶ月後に地震が起こることがわかっているので皆はよく準備しておくように。こんこん」密はそう言って宮廷のそばに避難所を作り救急物資を集める準備をした。殺した相手が生きており、世迷いごとを述べて大騒ぎしていることに源氏は面食らった。勿論源氏も僧院も信じなかったが、私は民衆を扇動して避難の準備をさせた。

地震は密が言ったその日にやってきた。それほど巨大ではなかったが、火が放たれたため源氏の家のほとんどが燃えた。密を信じた者は難を逃れて飲めや歌えやの騒ぎとなった。僧院の権威はいよいよ失落し、代わりに迫害され国の外へ追い出されていた狐の一族が宮廷に迎え入れられた。

狐に必要なのは弾圧ではなく適切な環境だと言った密の言葉通り、適切な環境を用意された狐はもう暴れまわることもなくなり代わりに軍事利用された。感心した私が「これで狐も迫害されることなく穏やかに人の子として生きることができるだろう」と言うと、密は浮かない顔で「何度でも同じことが繰り返されるだけだよ」とだけ言った。

密には気象を読む才があったため、あらゆる災害を免れ農耕が発展し国は栄えに栄えた。そのたびに「こんこん」とわざとらしい狐の真似をしたため、狐を迫害してきた人々の態度は反転し今や狐の一族が国を統治する権威を手中に収めた。

曜明が元服を済ませる頃、密は突如「グウタラしたい」と言い残し、宮廷から消え失せた。どこを探してもいなかった。まるで狐に化かされたように忽然と消えていた。この時ばかりは密は本当に狐の化身だったのだと思った。その頃私は宮廷で僧侶として講義を執り行っていたが、農地を独占し節制もせず酒と女に溺れる狐の腐敗に苛立ちを覚えていた。

ある日の早朝に私は狐信仰に対する15の提議を宮廷の門に突き付けた。騒ぎになるのに半日と必要ではなかった。民衆にとって狐に課された重い税が大層負担になっていた。狐は激怒し私は投獄され7日の内5度の裁判にかけられた後、幼少の頃から使えた曜明天皇の恩赦を受け国外追放の刑となった。

私は僅かばかりの食料を得て国の外へ放り出され、東に向かって歩き始めたが、途中で思い立って森の中へ分け入った。夕暮れ時にはオンボロの草庵についた。そこでは日の当たる場所で編笠を被った大柄の男が尺八を吹いており、巨大な銀色の狐がまどろんでいた…。

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