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矢野久美子『ハンナ・アーレント:「戦争の世紀」を生きた政治哲学者』

ハンナ・アーレント - 「戦争の世紀」を生きた政治哲学者 (中公新書)
ハンナ・アーレント - 「戦争の世紀」を生きた政治哲学者 (中公新書)矢野 久美子

中央公論新社 2014-03-24
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『全体主義の起源』や『人間の条件』といった著作で有名なアーレントは、今や20世紀における哲人の一人に数えられていますが、当人は自伝を残さず、また著作も難解であるために、80年代にブルーエルが伝記を書くまで長らく謎めいた存在でもありました。

矢野久美子『ハンナ・アーレント:「戦争の世紀」を生きた政治哲学者』は、アーレントの少女時代から晩年までを、その思想の変遷と対比させながらまとめた、小さいながらも非常に丁寧な一冊です。

20世紀初頭ドイツ、リンデンにユダヤ人中産階級の娘として生まれたアーレントは、ドイツ語に加えフランス語にも精通し、特にギリシャ語の詩を愛する少女時代を過ごします。ユダヤ人ですがユダヤ教徒ではなく、シナゴーグにもキリスト教の教会にも出入りし、ユダヤ人とも非ユダヤ人とも親交を持っていました。

若干22歳で博士号を取得した後結婚しますが、1932年の選挙でナチ党が第1党となり世の風向きは一気に変わります。公務員職からユダヤ人や反体制派が排除される一方、ナチ党に入党した研究者には役職が与えられました。出世した中にはアーレントのかつての恋人であり先生でもあるハイデガーもいました。

アーレントは不当逮捕により人々が強制収容所に連行されるのを目の当たりにし、抵抗運動に協力したが為に逮捕されますが、運良く出獄し翌年フランスに亡命します。しかしそのフランスではドイツ人として囚人となり、フランスがドイツに降伏した後にはユダヤ人としてそのまま捕らえられます。

アーレントは機を逃さずフランス降伏後の混乱時に釈放書を偽装し脱獄します。脱獄後、無国籍状態で生活しますが、その後アメリカに亡命することで第二次世界大戦におけるナチの虐殺の難を逃れました。

すべてが綱渡りの曲芸であり、ドイツから亡命しなければ、フランスで脱獄しなければ、無国籍でなければ、ただちに捕らえられ収容所へと移送されていたでしょう。

(師匠ヤスパースは妻がユダヤ人であり、本人もナチに抵抗したため国賊として収容所の移送が決定していましたが、その直前にドイツが降伏したために生き残りました)

ここまでも極めて波乱に満ちた人生ですが、アーレントの言論人としての闘いは寧ろアメリカ亡命後に始まったと言えます。

ドイツ降伏前夜、ナチの「殺戮センター」の噂について、アーレントは他の多くの知識人がそうであったように、その存在を信じなかったといいます。「殺戮センター」はただ大量殺戮を目的とした、なんの必要性もないものだったからです。

戦後、ナチの強制収容所の実態が明らかになる中で、あたかも工場のように合理的に人を殺すためだけの施設の存在は、それがただ国家的犯罪であるというだけでなく、ドイツそのものの民族や伝統がひっくり返されるものでもありました。亡命した人々の中にはドイツの文化そのものを忌むべきものとし、母語としてのドイツ語すら捨ててしまった人もいるといいます。

何故このような起こるべきでないことが起こってしまったのかが議論される中で執筆されたのが、近代においてあらゆる人を「余計者」とし個性や責任、人間の尊厳を剝奪した『全体主義の起源』であり、その非人間性を回避するための『人間の条件』でした。

(アーレントは『全体主義の起源』を「起源」ではなく「要素」とするべきだったと後に後悔しています。全体主義は必然ではなくあくまで諸要素が折り重なった時に偶発的に起こったことを強調したかったのかも知れません)

それらを代表し、その他エッセイ集やコラムによってアーレントは名声を手にしますが、更に彼女を「有名」にしたのは、大量殺戮の責任者であるアイヒマンの裁判を記録した『イェルサレムのアイヒマン:悪の陳腐さについての報告』の連載であり、この文書のためにアーレントは数年間に渡って厳しい非難に晒されます。

アーレントは裁判を「正義よりも反ユダヤ主義のストーリーが展開された」と批判し、ドイツ国内の抵抗運動を「ユダヤ人のためではなく戦争を回避したかっただけ」と切り捨て、ユダヤ評議会のナチへの協力を指摘し、大量殺戮の責任者アイヒマンを「悪へ抵抗するための思考をすることすらできない凡庸な男」と表現しました。

(この報告は、権威の甘い蜜に弱く、容易に大義名分に屈し悪をなす、人間の凡庸さ、陳腐さを証明した、ミルグラムの電撃実験やスタンフォード監獄実験にインスピレーションを与えてもおり、第二次世界大戦後のまさに「民主主義という名の全体主義」の世界観の中において、非常に重要な報告でした)

アーレントは第二次世界大戦中に亡命し、殺戮の現場を見なかった自分自身の正義のためにこれを刊行しました。一部では熱烈な支持を得てアカデミアで活躍することになりますが、これによって非常に親しかったユダヤ人の友人の殆どを失います。

アーレントはユダヤ人としてのアイデンティティを亡くなるまで大事にしましたが、いかなる学派、組織、集団にも所属せず、批判を浴びても自分の正義を通しました。私的な人間関係の温もりを公に適応した時、それは全体主義のような同調圧力を生じさせると批判し、重要なのは複数の視点からの事実のリアリティであるとしたアーレントには、思考と言論をやめることはできなかったのかも知れません。

アーレントは生涯思想を体現した勇ましい言論人ですが、それは実は誰よりも人と人との繋がりを信じていたからなのかも知れません。アーレントの原点とも言える、隣人愛について論述した博士論文『アウグスティヌスの愛の概念』は今でも読み継がれています。

こちらも参考に。

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