Fuwafuwa's memorandum

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ヨーロッパの歴史

Europe: A HistoryEurope: A History
Norman Davies

Harper Perennial 1998-01-20
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個人的にintroductionですでに感じ入るところがあったためメモ。

この本はかなり凄くてprefaceの段階でこれはもう名著だなということがはっきりと分かるのですが、このレベルで重要な本が日本語で読めないのか…と思うと、やはりどうにか英語を読めるようにならなければならないのかと絶望しますね。

出版されてからたった一年(!)で邦訳され分厚い全4巻として出版されていますが、それから10年かそこらで絶版になって最早全巻セットで入手するのが困難な状態なので、まあ率直に言って売れなかったのでしょう。敗因としてはヨーロッパ史というものが日本人にはやや馴染みの薄いものであったこと、そして何より「あまりにも大著すぎること」か(個人的には邦訳版の教科書然としたデザインも敬遠の理由の一つではないかと思える)。

表紙の煽りがまずヤバイ。「氷河期から冷戦後、ウラル川からジブラルタルまで」とある。著者がここまで広範囲な史実を一冊にまとめたことはintroductionで言及されていて、「近年歴史学はますます小域をどんどん深く探求する傾向にある。しかし全体とは部分の総体のことではない」とある。従ってこの本は、先史から現代まで、およそヨーロッパと呼び習わせ得るすべての領域を1冊で包括しなければならなかった。

元々私がヨーロッパ史の本を探し始めたのは、「イギリスの本」だとか「ドイツの本」だとかを読むほど境界が曖昧で明確に分離できないことを理解し始めたからだった。全容が見えなければ部分を評価することもできない。読書家にとって自分が知りたいと思っているそのものの本を発掘できることほど嬉しいことはない。それは読めば済んでしまうからだ…。

また著者は次のようにも言及する。「写実主義的な歴史家は事実と目されるものの列挙と羅列に陥りがちな一方で、文学に傾倒した歴史家はその職業に越権的なまでに感傷的である」この点も私がいくつかの歴史の本を読んで困惑させられた点である。特に私にとって容認できないのは後者の方だった。しかしそれと同様に想像力や共感性が欠如した描写も歴史認識としては不充分であろう。

更にギョッとするのは次のような記述である。「西と東の境界は常に恣意的に評価されてきたが、それはアカデミックな場面でもそうだった。政治学者や経済学者、法学者は、自分たちの見たいものを基準にして境界を設けた。」こうした批判そのものは容易いことである。しかし著者が本書でやろうとしていることは、あらゆる領域を超えて史実を描写するということなのである。

この西と東はもちろん西欧と東欧のことであって、やはりこの差異も日本人にはやや馴染みのないものだが(多くの人にとってはユーラシア大陸のなんか左上の方はまとめてヨーロッパに違いないし、事実この本で扱っているのもだいたいそんな範囲だ)、この差異はヨーロッパ理解においては極めて重要な概念である。「より優れているのは誰か?」「境界はどこか?」「誰がこの世界の支配者となるべきか?」はヨーロッパでは常に大きな問いだった。

いわゆる「近代的な概念」というのはほぼほぼヨーロッパから伝播してきた。そのように考えると「自由」や「人権」や「平等」と言った抽象的な概念が、実は日本で受け止められている意味内容とは全く異なった側面を持っていることが分かる。最近特にそれが取りざたされる機会が多いのが「多様性」であろう。

ヨーロッパにおける多様性とは、散々人種や言語や文化で、誰が偉いとか誰が強いとか喧嘩しあい殺しあって、もうこれは行き着くところがないと観念した末にひねり出された概念である。「皆違って皆いいから尊重しましょうね」とかいう生易しいものでは全くない。「多様性を尊重しなければ回り回って自分が殺される側になる」くらいの意味あいが近いのではないか。極めて国民の同一性の高い日本で同じ規範を求めるのは酷であることが分かるだろう。

本書は全1,400pほどあるが、introductionがすでにもう滅茶苦茶おもしろい。ヨーロッパという概念が常に変遷してきたことを、宗教や大航海時代、大戦などに言及しつつ、ヨーロッパ史などというものは無いと消極的に示す。それではヨーロッパ人の歴史とは何かと言えば、ヨーロッパ人がヨーロッパとはどういうものであると思いたいか、ということであり、自分に成せる事はヨーロッパを定義することではなく描写することである、とする。うまい。

時間のある時にじっくり読みたい一冊。

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リチャード・ベッセル『ナチスの戦争1918-1949: 民族と人種の戦い』

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第一次世界大戦の余波、ナチスの台頭、第二次世界大戦、第二次世界大戦の余波の4つのセクションに分かれており、300ページながらかなり情報量が多く満足度が高かった。全体的に直接的すぎる表現が散見されるが、どうやら翻訳本。作者の癖なのか直訳すぎるのかはよくわからない。巻末に50ページ以上の参考文献一覧が掲載されている点も非常にポイントが高い。かなりの良本。

猿谷要『物語アメリカの歴史: 超大国の行方』

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「私とアメリカの思い出」的に話が展開されるため軽く読める。題材にはかなり偏りを感じるものの、現代アメリカを理解するために重要なトピックがわかって良かった。

阿部謹也『物語 ドイツの歴史: ドイツ的とは何か』

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最近妙に歴史の本を読みたくなってきたので、手始めに中公新書の物語ドイツの歴史を読んでみた。中世からのドイツの歴史のをたった一冊にまとめているだけあって、ひとつのコンセプトごとの詳解が空疎になりがちであり、事実の列挙的な記載も多いので世界史に疎い人間には読んでいてつらい箇所も多かった(読んでもよくわからない…)。

ところでドイツと言えばご承知の通り近代的統計学の研究と実践にいち早く国家的に取り組んだ国であり、それは取り分け領邦議会をその名前の由来とするカメラリスム、すなわち官房学において優れた功績を遺した。後にこれは社会統計学と呼ばれ、特に戦後のアメリカにおいてロビー活動及びプロモーション戦略等に取り入れられ現代まで脈々と発展してきた、記述統計、社会調査、標本採取の源泉となるものである。

ドイツの歴史はその黎明期から国家としての分断を運命付けられていたと見なせるかも知れない。そもそもがヨーロッパのど真ん中に位置し、かといってヨーロッパ全土を掌握するには小さすぎ、無視をするには存在感の強すぎるという絶妙な大きさである。クニの起こりが極めて複雑怪奇であり、カール大帝の下フランク王国という枠組みだけはあったものの、その実優に300を超える領邦がその国土に複雑に入り組んでおり、それぞれの組織はほぼ自立し互いに支配-被支配を許さないような関係にあった。

ひとつの国家でありながら国家とは呼べないような状態にあった。国土にありとあらゆる民族・人種・宗教・言語・文化が入り乱れ、それぞれがそれぞれのアイデンティティを持ち、ドイツというたったひとつのシンボルに自己を投影することは不可能といった状態のドイツにとって、国民皆が一丸となれるようなドイツ帝国を作るということは悲願だったに違いない。

他ならぬドイツにおいてルターという一信徒が宗教改革の引き金となったことはあながち偶然とは結論づけ難い。特に一神教においてそれらは民衆の統治と極めて密接な関係にあったが、ドイツにおいては一体何を国教とするのかの決定すらつけ難い状態にあった。古来のゲルマンの信仰を異教として迫害(ドイツは魔女狩りの中心的な舞台でもある)し、他方でユダヤ人だけはキリストに連なるものとして保護されたが、高利貸しのような下層の職業で利益を上げたユダヤ教徒は嫉妬と排除の対象となり各地では度々ポグロムが起こった。

特に三十年戦争における損害は凄まじく、雇われ兵士のゴロツキがあらゆる村や教会で略奪の限りを尽くし、人口は大幅に減少し、戦争が終わる頃には一日馬を走らせても人一人にも出会えないような惨状であったという。国土といってもどこまでが国土となのかもいささか不明瞭であり、戦争で略奪され続けた人々は非常に貧しく、それかそもそも人が住んでいない。その上四方から常に大国による侵略の恐怖が迫っていた。

17世紀ドイツのこうした状況において前述のカメラリスムが称揚されたのは、単に国土を測定し国民を数え一体どれだけの富が存在するかをただ確認するための技術では恐らくはなかっただろう。それは文化と言語が入り乱れ壊滅的なまでに破壊された国土において、ドイツ的なものを希求する作業でもあった(ドイツにおける大学派統計学が長らくイギリスの政治算術的な予測や推定を嫌ったことは有名である。そこにおいてなによりも大事なのは事実の記述とその様式であった)。

(余談であるが、人口を記述する際に性別や人種よりも職業の分類を優先したのは、ドイツにおける初期統計のみであることが知られている。これは古ゲルマンからキリスト教へ移行する際に、ゲルマン的な職業が迫害されていたことと恐らく関係している。彼らは中世から近世に至るまで、ギルドやツンフトにおいて強烈な排除の対象だったのである)

それでもなおヨーロッパにおける一大国であることに変わりはなかったが、イギリスの産業革命の猛々しい発展には大幅に遅れをとり、かといってフランスのパリのような豪華絢爛で煌びやか文化もなく、学問の場においてもその歩みはいささか遅れていた。ひっきりなしに国民が移民として国外に流出していくので、労働環境の大幅な改善を行うことによってやっと経済が安定するようになった。

こうした社会保障、労働者の生存権、公共の福祉の考え方はヒットラーにも受け継がれている。彼こそが第一次世界大戦後の失業率の大幅な改善に貢献した人物であり、健康を称揚し弱者の福祉を訴えた人物である!同時に彼はユダヤ人を「不潔なもの」として迫害の対象にした。ナチスのホロコーストとは政治的には衛生の問題として始まっているのである…。アーリア人/ユダヤ人といったシンプルな対比は、第一次世界大戦後のハイパーインフレに苦しむ民衆にとって、分かりやすく国家的なものであり、自尊心を支えるには非常に勝手の良い舞台装置であったのかも知れない。

第二次世界大戦が終結してもドイツは東と西に分断されていた。ベルリンの壁が破壊されてなお、東と西ではそのルーツをそれぞれ全く異なるものに見出している。しかし西側的な資本主義と同様、東的な社会主義もまた西欧的なものから発している。このように考えると、しばしば多様性に溢れ社会保障の厚いと言われるドイツが、寧ろ不可抗力的にそのような体制にならざるを得なかったことが見えてくる。ドイツ的であることを希求するのであれば多様性を認めなければならない。戦後のドイツは幾度となくヨーロッパ統一の旗振り役を担ってきた。

参考
統計学史統計学史
小杉 肇

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